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葬列に送るウィンク
『これ、多分魂ってやつなのよ』
轟々と燃えていた。落ち葉。赤く色づいたそれを、また別の赤色へと変える儀式。ただの、焚火だ。
彼(彼女)が指差した先にあるのは、そこから空へと昇る煙。この人はこれを、魂と呼んだ。
ならば、煙を見かけてここへとやってきたミーリニアは、魂に誘われたという事になるのだろうか。
クロト・ツァウィが事務所の中庭で焚火をし始める事は、別に珍しい事でもないらしい。
カカモラの事務所の方角からもくもくと上がる煙に、偶然近くを歩いていたミーリニアは何事かと思い自らの足の行き先をそこへと変えた。
そこに在ったのは、ボヤ騒ぎでも何でもない。ありふれた平和な日常、その端の方に少女とも少年ともつかない一つの影がしゃがみこんでいただけだ。彼(彼女)の足元近くには炎が葉を抱きながら佇み、ぱちぱちと鳴き声をあげている。
人の気配に顔を前へと向けた相手と、ミーリニアの目があった。と、言っても相手の目はミーリニアには見えなかったが。何せ、この少年(少女)の顔は常にガスマスクに包まれ隠れてしまっているのだ。マスクの下の瞳が何色なのかさえ、ミーリニアは知らない。
たいてい初見の者は彼(彼女)のその異様な姿にぎょっとするらしいが、ミーリニアは彼(彼女)と初めて会った時に特に大きなリアクションは取らなかった。当然のように相手の姿を受け入れたのは、彼女自身が普段から周りに異様だと言われているせいか。否、そんな事実などなくとも彼女は彼(彼女)の姿をそのまんま、何の加工を入れる必要もなく受け入れただろう。ミーリニア・シキ・チェカットは、そういう少女だった。
焚火を楽しむ彼(彼女)、クロトにミーリニアは挨拶の言葉を投げかけようとする。「こんにちは。お久しぶりです。焚火ですか。この街って寒いですもんね」そんな当たり障りのない、世界に有り触れた言葉を口から零すのはそんなに難しい事ではない。
けれどミーリニアがそれを言えずに終わったのは、彼女が口を開く前に相手の方が声をもらした事だろう。クロトは挨拶もせず、マスク越しに、更に手にしているメガホン越しに呟いた。
『これ、多分魂ってやつなのよ』
◆
死後の世界などというところは存在しないという事を、ミーリニアは知っている。けれど、わざわざその事を得意がって他人に教えてやる気はなく、彼女はクロトの隣にしゃがみこんで彼(彼女)と共に彼(彼女)曰く魂とやらを見やった。それが燃料と化した枝や落ち葉の魂なのか、別の何かの魂なのか、炎自体の魂なのか、ミーリニアには分からない。
焚火をしているクロトは、炎を見てはいなかった。彼(彼女)は最初からずっと、煙を見上げていたのだ。
クロトは機械仕掛けで動く人形であり、当然のように命もない。彼(彼女)には魂というものが分からない。けれど、それは人だって同じだ。魂を見た事のある人など、この世界にはいないだろう。
だから、みなが煙だと思っていたこれの正体が、実は魂だったという可能性もなきにしもあらず。
人は死ぬ。死ねば大抵は燃やされ、魂は煙の姿になり空の向こうへと連れていかれる。空の向こうには天国があるかもしれないし、ないかもしれない。
全てはクロトの私論であり、否、論というより話だ。物語だ。「こうだったら面白い」という、ただの空想物語。故に誰かに話す事に意味はなく、あの一言以来彼(彼女)は口をつぐんでいた。ミーリニアはクロトの言葉(煙を指指しながら呟かれた、「魂だ」などという戯言)について深く追求はせず、彼(彼女)が照れ屋な事も自分が照れ屋な事も知っていたので沈黙を苦痛とは思わず黙り込んでいる。
クロトは焼死したい。
人生の終わりには、炎があるべきだと思っている。自分は燃やされて、魂は煙となり空へと昇る。その途中、自分の死に涙を流す知り合いをもし見かけたら、泣く必要なんてないのだと笑ってやりたい。
煙になれたという事は、自分には魂があるという事だ。魂があると、勘違いしてほしかった。誰に。残す者に。自分が焼かれる様を見るであろう、誰かに。
それは彼(彼女)にとって、悪い事ではなかった。クロトは笑って、そうしてありもしない天国に行きたい。
ミーリニアは――、ミーリニアは自分の死ぬ時の事など考えた事がなかった。
ミーリニアは、自分が死んだ後の世界にはあまり興味がなかった。死んだ瞬間に、彼女が生きている内になしてきた何もかもに意味はなくなってしまう。もしかしたらミーリニアの作品は価値を上げるかもしれないけれど、死んでしまったミーリニアはそれを知る術がないので、やはりミーリニアにとってそれは意味のない事だった。
死んだら終わるのだ。何もかもが。自分の死に様について考える事には、あまり意味がない。煙が魂だろうが、そうじゃなかろうが、ミーリニアは行き着く時に行き着く場所へと誘われる。それだけだ。
ミーリニアはだから、もし自分が煙になったらクロトのようには笑えない。それで良い。その分、今生で彼女は笑うのだから。
けれど、クロトの言った一言の事は、少しだけ素敵だな、とは思う。燃えた魂が、空へと溶ける。昔、絵本で見たユウヤケというものを彼女は思い出していた。ゆうやけ。夕に焼けると書く。文字通り、まさに空が焼けて真っ赤になるらしい。赤く染まる空、それは恐らく綺麗なのだろう。
魂が煙なら、ユウヤケはそれの残り火なのかもしれない。
『お前、焼き芋はお好きかしら?』
空想の世界から帰ってきたクロトの言葉に、ミーリニアは頷く。『じゃあ焼いてあげるから、一緒に食べるんだわだぜ』先程の問いの後に呟くに相応しい言葉を彼(彼女)は言い、立ち上がった。その隠れた目は、もう煙のほうなど見てはいない。
彼(彼女)は芋を取りに事務所の中へと姿を消して、ミーリニアは一人その場に残された。
クロト・ツァウィの言うところの魂は、忙しなく空へと昇り続ける。待っていても、一向にユウヤケは訪れない。代わりとばかりに、目の前では炎がくすぶっている。
何を狂った事を、と思われるかもしれないが、ミーリニアはふと眼前の火に手を触れてみたくなった。あくまでも『みたく』なっただけで、実行には移さない。彼女の小さな両手は、今も膝の上で行儀よくしている。
本当はこれは熱くなんてなくて、温かいものなのかもしれない。そうじゃないかもしれない。触れないミーリニアには分からない。分からないままでも、別にミーリニアは構わない。けれど、ゆらゆらと揺れる赤を、彼女は何故かひどく懐かしく思った。
轟々と燃えていた。落ち葉。赤く色づいたそれを、また別の赤色へと変える儀式。ただの、焚火だ。
彼(彼女)が指差した先にあるのは、そこから空へと昇る煙。この人はこれを、魂と呼んだ。
ならば、煙を見かけてここへとやってきたミーリニアは、魂に誘われたという事になるのだろうか。
クロト・ツァウィが事務所の中庭で焚火をし始める事は、別に珍しい事でもないらしい。
カカモラの事務所の方角からもくもくと上がる煙に、偶然近くを歩いていたミーリニアは何事かと思い自らの足の行き先をそこへと変えた。
そこに在ったのは、ボヤ騒ぎでも何でもない。ありふれた平和な日常、その端の方に少女とも少年ともつかない一つの影がしゃがみこんでいただけだ。彼(彼女)の足元近くには炎が葉を抱きながら佇み、ぱちぱちと鳴き声をあげている。
人の気配に顔を前へと向けた相手と、ミーリニアの目があった。と、言っても相手の目はミーリニアには見えなかったが。何せ、この少年(少女)の顔は常にガスマスクに包まれ隠れてしまっているのだ。マスクの下の瞳が何色なのかさえ、ミーリニアは知らない。
たいてい初見の者は彼(彼女)のその異様な姿にぎょっとするらしいが、ミーリニアは彼(彼女)と初めて会った時に特に大きなリアクションは取らなかった。当然のように相手の姿を受け入れたのは、彼女自身が普段から周りに異様だと言われているせいか。否、そんな事実などなくとも彼女は彼(彼女)の姿をそのまんま、何の加工を入れる必要もなく受け入れただろう。ミーリニア・シキ・チェカットは、そういう少女だった。
焚火を楽しむ彼(彼女)、クロトにミーリニアは挨拶の言葉を投げかけようとする。「こんにちは。お久しぶりです。焚火ですか。この街って寒いですもんね」そんな当たり障りのない、世界に有り触れた言葉を口から零すのはそんなに難しい事ではない。
けれどミーリニアがそれを言えずに終わったのは、彼女が口を開く前に相手の方が声をもらした事だろう。クロトは挨拶もせず、マスク越しに、更に手にしているメガホン越しに呟いた。
『これ、多分魂ってやつなのよ』
◆
死後の世界などというところは存在しないという事を、ミーリニアは知っている。けれど、わざわざその事を得意がって他人に教えてやる気はなく、彼女はクロトの隣にしゃがみこんで彼(彼女)と共に彼(彼女)曰く魂とやらを見やった。それが燃料と化した枝や落ち葉の魂なのか、別の何かの魂なのか、炎自体の魂なのか、ミーリニアには分からない。
焚火をしているクロトは、炎を見てはいなかった。彼(彼女)は最初からずっと、煙を見上げていたのだ。
クロトは機械仕掛けで動く人形であり、当然のように命もない。彼(彼女)には魂というものが分からない。けれど、それは人だって同じだ。魂を見た事のある人など、この世界にはいないだろう。
だから、みなが煙だと思っていたこれの正体が、実は魂だったという可能性もなきにしもあらず。
人は死ぬ。死ねば大抵は燃やされ、魂は煙の姿になり空の向こうへと連れていかれる。空の向こうには天国があるかもしれないし、ないかもしれない。
全てはクロトの私論であり、否、論というより話だ。物語だ。「こうだったら面白い」という、ただの空想物語。故に誰かに話す事に意味はなく、あの一言以来彼(彼女)は口をつぐんでいた。ミーリニアはクロトの言葉(煙を指指しながら呟かれた、「魂だ」などという戯言)について深く追求はせず、彼(彼女)が照れ屋な事も自分が照れ屋な事も知っていたので沈黙を苦痛とは思わず黙り込んでいる。
クロトは焼死したい。
人生の終わりには、炎があるべきだと思っている。自分は燃やされて、魂は煙となり空へと昇る。その途中、自分の死に涙を流す知り合いをもし見かけたら、泣く必要なんてないのだと笑ってやりたい。
煙になれたという事は、自分には魂があるという事だ。魂があると、勘違いしてほしかった。誰に。残す者に。自分が焼かれる様を見るであろう、誰かに。
それは彼(彼女)にとって、悪い事ではなかった。クロトは笑って、そうしてありもしない天国に行きたい。
ミーリニアは――、ミーリニアは自分の死ぬ時の事など考えた事がなかった。
ミーリニアは、自分が死んだ後の世界にはあまり興味がなかった。死んだ瞬間に、彼女が生きている内になしてきた何もかもに意味はなくなってしまう。もしかしたらミーリニアの作品は価値を上げるかもしれないけれど、死んでしまったミーリニアはそれを知る術がないので、やはりミーリニアにとってそれは意味のない事だった。
死んだら終わるのだ。何もかもが。自分の死に様について考える事には、あまり意味がない。煙が魂だろうが、そうじゃなかろうが、ミーリニアは行き着く時に行き着く場所へと誘われる。それだけだ。
ミーリニアはだから、もし自分が煙になったらクロトのようには笑えない。それで良い。その分、今生で彼女は笑うのだから。
けれど、クロトの言った一言の事は、少しだけ素敵だな、とは思う。燃えた魂が、空へと溶ける。昔、絵本で見たユウヤケというものを彼女は思い出していた。ゆうやけ。夕に焼けると書く。文字通り、まさに空が焼けて真っ赤になるらしい。赤く染まる空、それは恐らく綺麗なのだろう。
魂が煙なら、ユウヤケはそれの残り火なのかもしれない。
『お前、焼き芋はお好きかしら?』
空想の世界から帰ってきたクロトの言葉に、ミーリニアは頷く。『じゃあ焼いてあげるから、一緒に食べるんだわだぜ』先程の問いの後に呟くに相応しい言葉を彼(彼女)は言い、立ち上がった。その隠れた目は、もう煙のほうなど見てはいない。
彼(彼女)は芋を取りに事務所の中へと姿を消して、ミーリニアは一人その場に残された。
クロト・ツァウィの言うところの魂は、忙しなく空へと昇り続ける。待っていても、一向にユウヤケは訪れない。代わりとばかりに、目の前では炎がくすぶっている。
何を狂った事を、と思われるかもしれないが、ミーリニアはふと眼前の火に手を触れてみたくなった。あくまでも『みたく』なっただけで、実行には移さない。彼女の小さな両手は、今も膝の上で行儀よくしている。
本当はこれは熱くなんてなくて、温かいものなのかもしれない。そうじゃないかもしれない。触れないミーリニアには分からない。分からないままでも、別にミーリニアは構わない。けれど、ゆらゆらと揺れる赤を、彼女は何故かひどく懐かしく思った。
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