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癒し毒
田村君。勇者様×ミーリニア。

 恋は魔術のようだ。どういう原理なのか、誰も知らない。けれど、僕達は当たり前のようにそれを歌う。
 と、とある売れない作家は作中で語ったそうだけれど、残念ながらミーリニアの頭に彼の名前はおぼろげにしか残っていない。ただ彼女が覚えていたのは『恋は魔術のようだ』というワンフレーズだけで、だとしたら歌も満足に歌えないこの喉は少々恋路を走るのには邪魔かも知れないだなんて発熱時特有の支離滅裂な事を彼女は考えていた。

 最近寒くなってきましたね。手紙を届けにきた配達員とそのような会話をしたのは、つい昨日の事。まさか一日とたたずその寒さに負けて、狐のように咳き込む羽目になるとは思っていなかった。ミーリニアは馬鹿ではないので、自分が風邪を引いている事実をそのままちゃんと受け止める。なるべく今日は無理をしないで、いつものように自由気ままに絵を描いたりはせず、温かい格好をして安静にしよう。幼馴染の女性にこの前貰った紅茶を飲んで、ほっと一息つこう。
 その時のミーリニアは風邪のわりには元気であり、前向きに現在の自分の病状と戦うつもりであった。けれど、普段は強硬な彼女の心だってたまには折れかけてしまう事もある。たとえば、幼馴染の女性の事を思い出しニコニコと微笑みながら紅茶を飲んで、その幼馴染の女性に以前「風邪をひいたら飲むように」と言われた苦い薬だってちゃんと飲んで、いつもは使うハンモックではなくソファベッドのほうに温かな布団と共に横になってしばらくした時に鳴り響いた通信機に、愛しい人の名前が表示された、そんな時とか。
 どうにも、彼女はこの四文字に弱いらしかった。彼の名前は、風邪のせいで少々脆くなった彼女の心を揺らすには十分すぎるのだ。
 急にミーリニアを、不安が襲う。ミーリニアは今一人きりで、気だるさや熱や咳と戦っている。独りきり。ずいぶんと前から、そんなような気がしてきた。不意に泣きたくなるほど寂しくなり、けれど涙は出てこない。不思議な気持ちだ。今ここにこの人がいてくれたら、きっとこんな妙な気分を味わわずとも済むだろう。けれど彼はここにいないし、ここにはこないし、ここにきてと自分が頼んで良いほど暇でもないのだ。
 通信機は、彼から電子手紙が届いた旨をぴかぴかと光りながら伝え続けている。このまま何も返事を返さなければ、今度はミーリニアではなく彼のほうが不安になってしまう事だろう。
 もごもごと動きながら、枕元のそれにようやっと手を伸ばし、彼女は文面を確認する。

『件名:Re:雪の降らない街に 本文:見た。こういう風に、街そのものを巻き込んだものはなかなか面白いと思う。』

 意味不明だった。
 む、と眉を寄せしばらく考え、タイトルから彼の手紙が以前自分が出した手紙の返事であった事に気付くと、嗚呼なるほどと合点がいった。先日仕事でとある街に絵を描いたので、彼にもしその街を訪れる機会があったらついでに見てほしいと頼んだのだった。ずいぶんと前の話なのに、彼は律儀にも覚えていてくれたらしい。
『ありがとう』とまずはそのお礼を綴り、それから二、三適当な世間話を添えて、手紙を彼の元へと送り出す。すぐにそれに対する返事が返される。なんて事がない、いつも通りの自分達のやり取り。
 通信ではなく、手紙で良かったと思う。通信だったら、この歌すらうたう事も叶わぬ喉に気付かれていた事だろう。
 ミーリニアは寂しい。ミーリニアは甘えたい。ミーリニアは、けれど彼に助けを求める事は出来ない。
 彼は世界のための勇者様で、ミーリニアのための勇者様じゃなかった。たった一人のミーリニアのワガママに彼を付き合わせるのは難しくて、きっとミーリニアが「寂しいよ!」と言っても彼は通信機の向こうで困った顔をして彼女に『本文:ごめん』と返すだけだ。そして、ミーリニアを寂しがらせている事を彼は気にして、心配して、今のミーリニアよりずっとずっと不安な気持ちになってしまう。だから少女は我慢。咳をしながら、切ない気持ちに負けないように我慢をし、いつも通りの元気なミーリニアとして彼に返事を出す。
『今はどこにいるのかな。寒くない地方だといいな。わたし達の村はめっきり寒くなりましたよ。きみも、風邪には気を付けてね』ただ彼が元気でいるように、自分が元気でないなら、彼がその分元気でいますように。ありったけの願いを込めて。

 彼との手紙のやり取りが、不意に途切れる。用事が出来てしまったのだろうか。
 寂しい、と結局彼女は言わなかった。言えば良かった、なんて今更思う自分が嫌だ。けれど、やっぱりこういう時に彼が近くにいれば良いのに。それだけで、寂しいのも怖いのも辛いのも何もかもを忘れる事が出来るのに。数秒前の自分と、正反対な事ばかりが頭に浮かぶ。彼に心配をかけたくなかったんじゃないのか。それなのに、今は彼に心配してほしくてたまらないなんて、なんて子供なんだ。
 そうだよ、良い子なフリなんてやめればいいのに。ほんとは全然良い子じゃないんだから。ばかな子。ミーリニアはミーリニアに対してそう毒づいて、すんと鼻を鳴らす。
 もう今日は黙るだけだと思っていた通信機が、その時鳴った。届いた手紙は、やはり彼からのものだ。

『件名:寒いよな 本文:近くにいる。俺も寒いよ。明日そっちに帰るから、一緒に温かいもんでも食おう』

 ぽろぽろと、そこで初めて虹色の瞳から涙がこぼれた。
 明日帰る。明日帰ってくる。明日、会える。
 弱った心に、彼は毒だ。そしてこの涙から察するに、悲しい言葉よりも嬉しい言葉のほうに、どうやら自分は弱いらしい。
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