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僕のすべて撫でる人
お題配布元⇒約30の嘘

田村君。ギッキ+ミーリニア。

 今更すぎる話ではあるが、そういえば自分は彼の写真を持っていなかった。
 彼は雑誌にも新聞にも頻繁に顔を出すが、それはあくまでも『勇者様』であり、彼とは少し違う。だからやはり、ミーリニアは彼の写真を持っていない。一枚も。たったの一枚も、なのである。

 何故十数年間も気付かなかったそれに唐突に気が付いたかというと、そのきっかけは今恐らく衣装箪笥を漁っているであろうギッキ・バーネットによりもたらされた。
 ギッキはミーリニアの事を、どうにも気に入っている節がある。元来この赤髪の女は、可愛くて、小さくて、大人しい女の子というものが大好きなのだ(正確には、そういう子に自分好みの服を着せて楽しむ事が好きなのである)
 加えて、ミーリニアの職業にもどうやら興味があるらしい。『良いわよねェ、芸術って感じィ。芸術は……魔術よ!』と楽しげに語ってみせた事がある。恐らく、自分が好きな魔術と同じくらい好きだと言いたかったのではとミーリニアは考えているが、これでは爆発の立つ瀬がない。
 そのギッキの部屋に邪魔する事になった顛末について語るのは、実に簡単である。今日ミーリニアは、一班の人達と暑さと少しでも疎遠になるため水鉄砲で遊んでいたのだが、彼らは途中で急な仕事が入りいなくなってしまった。そうして一人残されたミーリニアは、ちょうど通りすがったギッキに濡れてしまった服の裾を絞っているところを見つかり、『ちょ、アンタ何してんのよびしょ濡れじゃない。どうせまた、バカ達とバカな事したんでしょ? 全く世話が焼けるわァ、風邪でも引いたらどんすんのよォ?』と、半ばさらわれるように彼女の部屋へと連れてこられたのである。
 彼女の部屋に辿り着いてからシャワールームに放り投げられるまでの間に、ちらりとミーリニアが見たギッキの自室は、少し(と言って良いのかも分からないが、ミーリニアにとってはさして大きな事でもなかったので、やはり少し)普通とは変わっていた。
 壁一面に何枚も、一枚二枚とかではなく数十枚もの、写真が飾ってあったのだ。それは雑誌の一ページであったり、新聞の切り抜きであったり、普通の写真であったりと様々だったけれど、映っていたのは一人の男の子だけであった。
 ミーリニアがそれに一瞬驚いたのは、別にギッキにドン引いたわけではない。ただ、彼女がよくとある青年に言われる「ギッキ殿はストーカー云々」というてっきり冗談だとばかり思っていた言葉があながちそうでもない事が分かり、「おお! そうだったのか!」となっただけである。だから彼女は特に自分からはその話題に触れようとはせず、大人しくシャワーを浴びた。
 心地良い温度の人工的な雨粒の下で、ふと思ったのが冒頭のそれである。彼女の記憶のどこを引っ張り出してきても彼はいるが(彼とは会わない時間が多いけれど、特別強く頭に残る記憶はやはり彼と一緒にいる時のものばかりなので、ミーリニアの思い出にはいつだってその白色の髪と桃色の瞳が在る)、記憶のどこを引っ張り出してきても自分が彼の写真を眺めているシーンはなかった。
 彼は存外、恥ずかしがり屋である。けれど、信者様に頼まれれば決してNOとは言わず、素直に写真を撮らせてくれる。雑誌の取材にも、どんな時にも寛大な態度で受ける。
 紙面の上の彼の笑顔は、一見普段の笑みと変わらないように見えるけれど、少しだけぎこちない事をミーリニアは知っていた。だから、一度も頼んだ事がなかったのかもしれない。写真を撮ろう。思い出を四角に切り取って、宝箱に入れよう。いつでも会えるように。
 きみの写真が欲しい、と頼んだら、彼はどんな反応を示すのだろうか。

 シャワールームから部屋へと戻った彼女に、ギッキが一着の服を手渡す。普段のギッキの格好から、いったいどんなにせくしぃな服を手渡されるのかと正直どぎまぎしていたのだが、存外露出の少ない衣装であった。着てみると、ミーリニアの小柄(物凄いオブラートに包んだ表現である)な体躯にもよく似合っている。

『ほら、ボサッとてないどさっさときなさいよ。アタシが髪の毛かわかしてあげる』

 そう言って、ギッキは散々彼女の髪を好きなようにいじくりまわし、最後にはツインテールに仕立てあげた。
 兎の耳のごとく垂れ下がった空色に触れながら、ミーリニアはギッキの部屋をこっそりと見渡す。失礼にならない範囲で視線を動かしたつもりだったけれど、ギッキはそれに気付き、笑った。

『かっこいいでしょ?』

 何の事を指しているのかは、すぐに分かった。写真の少年の事だろう。
 ミーリニアは、こくこくと頷く。それにギッキは機嫌を良くして、けれどちょっとだけ照れ臭そうな顔をする。

『知ってる?』

 次いで彼女の口から吐き出された問いは、ミーリニアの予想の外にあったものだ。
 故に反応は、少しだけ遅れる。質問の意味をじっくりと考えた末、ミーリニアは今度は首を縦ではなく横へと振った。
 ギッキはニコニコと笑いながら、『そうよねェ。アンタ確か十八とかそこらだったもんね。ギリギリ知らないかもねェ』なんて呟く。そうして、
 ――この人、今は辞めちゃったけど昔は魔女だったのよ。なかなかに格好良くて人気だったんだけど……あ、別にミーハーじゃないわよ、アタシ。この人が魔女になる前から知り合いだったの。学生時代の先輩後輩。一時期はそれなりに有名だったんだけどねェ。時が過ぎたらみんな忘れちゃって……、まぁ、そんなもんよねェ。
 ここまで一息で語って、微笑みつつも『なんて、ちょっと語っちゃった』とちょっぴり申し訳なさそうに眉を下げた。
 ミーリニアは、別にそんな顔する必要別にないのに、と思う。語っても構わないというのに。
 誰かに話したかったのだろう。話して、知ったり、あるいは思い出したりしてほしかったのだろう。この人について。
 時が過ぎれば忘れちゃって。こんなにたくさん雑誌にも出て写真も撮られてるのに、忘れられてしまうものなのか。
 別にそれは魔女に限った話ではなくて。いつかは、誰でも。……ミーリニアのよく知る、誰かも。

『でもまぁ、アレよねェ。アタシが独り占めしている気分になれるから、ラッキーなんだけどねェ』

 女性は微笑んでいる。壁に飾られた写真に触れながら、愛しげにそれを見つめる。
 ここには彼はいないのに。それでも。

 ◆

 ギッキに感謝の言葉を告げて(まだ今度服を返しにくると言ったら、『似合ってるからあげるわ』と言われてしまった)部屋を出ると、ちょうど廊下を歩いていたらしい青年と目が合った。

「お前、なんでギッキの部屋から出て……ツインテール!!」

 セリフの後半何故か妙にテンションの上がった幼馴染である。
「偶然だね」歩みを止めた彼の前に、てこてことミーリニアは向かった。

「偶然だな。なんだ、ギッキのところに邪魔していたのか? ちゃんと挨拶出来たか? 迷惑かけなかっただろうな?」
「失敬な。かけて……ないよ!」
「なんだよその怪しい間は……」

 彼は訝しんだ目で彼女を見た後、壁に飾られていた時計に目をやる。針は、昼を少し過ぎた辺りで黙り込んでいた。

「何か食べたか? まだなら、一緒に食いに行こう」
「うん! 行く!」

 素直に頷く子ウサギに、青年は写真の中では決して見せない子供みたいな笑みを浮かべて、わっしゃわっしゃと彼女の頭を撫でた。温かな手だ。実際に触れ合う事でしか得られない温度が、ここにはあった。
 ミーリニアは彼の写真を持っていない。一枚も。たったの一枚も、なのである。けれどやっぱり、
 ――きみの写真、要らないかも。

「本物がいいのだー!」とぎゅーっと抱きついたら、そのまま持ち上げられてぐるぐる回されてから地に下ろされた。違う。自分が望んでいたのは、そういう事ではない。
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