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空漬けした魚たち
お題配布元⇒約30の嘘

田村君。キシャル+ミーリニア。

『世界の終焉の日がきたが、箱舟の準備は間に合わず。けれど君と死ねるなら、と、古臭い愛の言葉を囁き合う。
 奇跡は起きずに皆死ぬ。後に残ったのは、鰓呼吸の私だけ』

 そんな言葉が書かれていたのは、確か古本屋で百マモン硬貨一枚で買ったアンティ・エルヴィンという聞き慣れぬ名前の作家の本だった。
 その本を読んだのはもう何年も前の事であり、ミーリニアはそういえば最初の三ページまでしか読んではいなかったので、いったいその言葉にどんな意味が隠されているのかを知らない。全てを読んだところで、果たして本当に知れるのかどうかも分からなかった。
 あれは、どこに行ったのだろう。もしかしたら、机の裏で埃でも被っているのかもしれない。



 通信機越しに呟かれた言葉に、虹色の瞳がパッと輝いた。

「ホント!?」

 抑えきれない思いが、彼女の体から重力を奪う。舞い上がった心のせいで、自然と少女の足取りは軽くなる。
 微かに鳴っていた足音が、その間隔を狭める。急ぐ必要もないのに、自然と早歩き。
 耳元から香る愛しい人の声が、囁いた。『俺は嘘なんて吐かないだろ』
 嘘じゃないって事は知っていたけれど、思わず疑いの言葉を投げかけてしまったのは、信じられない程に嬉しいからだ。
 たかだか彼と会えるだけなのに、いもしない神様に感謝をするだなんて、おかしなお話。

「楽しみだなー。もし嘘ついたら舌引っこ抜くね」
『さらっと怖い事を言うなっ! お前は、今何してるんだ?』
「おにぎり食べた」
『そういう事じゃない。今どこでどんな仕事をしてるんだ、って話だ。明日会えそうか?』
「あ、今お仕事終わったとこ。今から村に帰るよ! ダッシュで!」
『どれだけお前が急ごうが、俺が村に帰れるのは明日だからな』
「うんっ!」

 急いで村に帰ったところで、彼に会える時間は変わらない。分かってはいるが、どうにも落ち着かないのである。
 今のミーリニアはさながら空に浮かぶ雲。瞳と同じ色の橋が架かり、髪と揃いの海に溺れる。彼女は目を閉じ、幸福を改めて噛み締め、

「! わ、わ、わーーーっ! あだっ!」

 段差で足を踏み外し、レンガ造りの歩道に背中をぶつける羽目となった。

『シキ!? どうした、イベントか!? エンカウントしたのか!?』
「あだだ、転んだー」
『大丈夫か!? 怪我は!?』
「へいきー。ありがとう」
『気をつけろよ……』

 上半身を起き上がらせ、見えていないとは分かっていても彼女は強がりの笑みを浮かべる。そのまま二、三言葉を交わし、ある言葉を呟いて相手との通信を切った。
「また明日!」『ああ、明日な』なんと素晴らしい言葉!
 頬がゆるむのを止められず、止める必要もなく。にんまりと幸せそうに微笑む少女は、ようやく立ち上がろうとし、あれ?と首を傾げる。
 
 ――ちょっと足が痛い。

 捻ったのだろうか。
 最初は『ちょっと』だと思ったが、歩いていく内にそれが『かなり』へと変化を遂げていき、胸に不安の影がよぎった。
 門の外に行けば、村の近くで止まるはずの列車に乗れる。この街は広いので結構な距離を歩く事となるが、少し我慢すれば済む話だ。

 ――でも、心配するだろうな。

 明日会った彼がこれに気付いたら、どんな表情を浮かべるかなんて目に見えている。
 少し歩いた場所に、確か小さな診療所があったはずだ。そこに寄るべきか、どうか。出来れば無駄な出費はしたくないのだけれど……と悩んだところで、自身の傷を癒す事を『無駄』と言ってどうするのだろうと少し笑う。これでは心配をかけるだけでなく、彼に怒られてしまう。

 ――やっぱり、診てもらおう。

 そう思っていたのにいざ診療所の前で足が止まったのは、ちょうど煙草を吸いに出てきていたらしい医術師の一人が、奇妙なものを見るような目でミーリニアを捉えたからだった。
 どこを見て相手がそんな顔をしたのかは、すぐに分かった。角度によって七色に色を変える少女の瞳。医術に富んだ者でも、それは稀有なもの以外の何物でもない。
 結局ミーリニアはその診療所には入れずに、痛む足を引きずりながら長い道を歩いている。
 先程までは、空でも飛べそうな気分であった。本当に飛んでいれば、楽に家に帰れたのに。今のミーリニアの足取りは、重い。
 少しでも先刻の気持ちを取り戻そうと、彼の声を思い出す。『ああ、明日な』明日は彼に会える。けれど、この足は恐らく明日までには治らない。

 ぷっぷー。突如耳へと飛び込んできたクラクションの音に釣られそちらを見やれば、一台のバンがそこには停車していた。
 運転席に座っている、水色の髪の女性と目が合う。面倒臭そうなその表情には、見覚えがあった。

「キシャルさん!」
「どうも、天人さん」

 ◆

 ミーリニアは、恐らくこの人に嫌われている。実際に、「嫌いです」と言われた事だってある。

「奇遇ですね。乗ります? うちまで送りますよ」

 けれど何の気まぐれか、それとも車に乗せるくらいは構わないのか、彼女はそう誘ってきた。
 文章に疑問符は入っていたけれど、その鋭い瞳は有無を言わさぬ謎の迫力を孕んでいる。端的に言ってしまえば、好意的な言葉を投げてきているにも関わらず彼女はミーリニアの事を睨み上げていた。
 その目つきが地なのか、わざとなのか。未だ相手と付き合いの浅いミーリニアには分からない。
 迷った末に遠慮の言葉を紡いだ空色の少女に、「良いですよ、ついでみたいなもんですから」なんて呟く相手の心算はいまいち見えにくかった。
 後部座席、何体も並べられた犬のぬいぐるみにまじって、大きな箱が重ねて置かれている事に少女は気付く。中身はどうやら薬のようだ。恐らく、この女性は今ちょうど色々な村や街に自製の薬を届けて回っているところだったのだろう。
 そして、先程の口ぶりから察するに、その予定にはどうやら自分の村も入っているらしい。ならば甘えてしまおうかな、とミーリニアはバンの助手席へと乗り込んだ。
 ヒロインというものは何かと敵に連れ去られやすい生き物らしいが、自分ほど誘拐する事が容易そうな奴もいないだろう。

 それからしばらくは、会話すらそこにはなかった。元来人見知りであるミーリニアは相手に何と声をかけるべきなのか頭を悩ませてみたが、話題以前に相手が自分と話す事を望んでいるようには到底思えず、口を開く勇気はなかなか出てこない。
 助手席にまで犬のぬいぐるみが置かれていたので(現在はミーリニアの膝の上に鎮座している)、「犬、お好きなんですか?」と訊いてみたい気持ちもあったが、「好きじゃないものを私が車に置くとでも?」と冷たい目で見られる未来しかそこには待っていないように思えた。

「歩きながら通信機使うの、やめた方が良いですよ。危ないから」

 先に沈黙を破ったのは、意外にも相手のほうであった。声をかけられた事に驚いた少女は、その内容が注意の言葉である事に更に驚き、返事を返す事に時間を要する。
 それを待ってくれるほど相手は大人しい者ではなく、返答するより先に言葉の続きを吐き出された。

「さっき見ましたよ。見事な転びっぷりでしたね」
「見られてた!」
「通信機で写真撮りました」
「撮られてた!」
「消しませんよ」
「消してと頼もうとしたら先手を打たれた!」
「あんた面白いですねぇ」

 妙に感慨深そうな声でそう言う相手の横顔は、変わらず不機嫌そうだ。運転中なのだが当たり前といえば当たり前なのだが、先程からミラー越しにさえミーリニアの顔を見ようともしない。
 相手の知り合い(こちらは彼女よりもよっぽど付き合いの良い男で、ミーリニアとも妙にウマが合う)曰く、「あいつはな……ツンデレ?なんだよ。たぶん」らしいが、ミーリニアは彼女の『デレ』の部分を見た事がなかった。
 ミーリニアは彼女に嫌われている。その理由を、実はまだ少女は知らない。

「あの……」

 その問いを投げるのに、思いの外勇気は要さなかった。

「わたしのどこが嫌いなんですか?」

 わたしの事が嫌いですか?と先に訊くべき事は訊かない。嫌われているという事は、当の昔から知っている。
 別に、誰に嫌われようが構いはしない。けれどせっかくこうして知り合って、こうやって村に送ってまでくれる人には、どちらかといえば好かれていたかった。
 数分前に車内に降りていた静寂の事など知らないとでも言うように、返事はすぐに返ってくる。迷いもせず、相手は吐き捨てた。

「その目が嫌いです」

 そうなんじゃないか、とは思っていたし、そう言われる事には慣れているが、実際に言葉にされるとやはり眩暈がするような錯覚に陥る。
 けれども少女は「そうですか」と、笑みを浮かべた。ありふれた世間話に相槌でも打つかのように、どこまでも穏やかな笑み。ちらりとそれを横目で盗み見た女が、はぁと溜息に似た息を吐く。
 次いでその口から、存在したらしい言葉の続きが吐き出された。

「あと、口と鼻と眉と耳と頭と首と腕と足と体と声と性格とそのお気楽な笑顔。あんたの全部が嫌いですね」

 その返答は、少々ミーリニアの予想の外にあったものだった。
 少女は誰かに嫌われるのには慣れていて、別に仕方ないかななんて笑ったりもして、けれどその理由はたいてい彼女のこの不思議な瞳のせいだったのだ。
 しかし、この女性は、そうじゃないと言う。ミーリニアの目ではなく、ミーリアの事が嫌いだと言う。

「目のせいじゃ、ないんですね」
「はあ? 何ですかそれ。私の目は特別なのよ!他とは違うのよ!それが分からないなんてあんたって本当バカね!って事ですか? はっ、そういうのもうカチュタさんで間に合ってるんですよ。私には、人間なんてみんな似たような顔に見えますね」

 人間なんて、みんな同じ。こんな目を持つ自分も、同じなのだろうか。
 自分は人間と名乗っていても、良いのだろうか。

「多分ですけど、あんた色人の血でも入ってるんじゃないですか?」
「色人?」
「普段は頭のてっぺんから足の爪先まで真っ白なんですけど、感情の変化によって髪の色と目の色が変わる種族ですよ。随分と昔に滅んだとか聞きましたけどね。まぁ、最近の若い人は色人どころか瞳人や翼人も知らんでしょうけどね」
「キシャルさん、わたしたったの一つ違いですよ!」
「外見年齢の話ですよ」
「ぐっ、わたしのほうが背が高いのに……!」

 色人、そんな種族もいたのか。世界には本当に色々な人がいるなぁ、と思う。
 数が多いのは人間で、人間が少し他より目立っているだけで、たくさんの人が世界にはいるのだ。そうして、数が少ない者は、異形として淘汰される。

「全く、生き難い世の中ですよねぇ」
『私に地上は生き難い。毎日息が苦しいのです』

 不意に思い出したのは、何年も前に読んだ本の一文であった。

『誰もが私を稀有な目で見て、朱に混じる権利すらも奪おうと言うの』

 バンは走り続ける。窓の外の景色は、ミーリニアの心に小さな違和感を届ける。

『それでも私は痛む足を引きずり、見よう見真似で慣れない呼吸に勤しむのでした』

 再度車内を、沈黙が飛び交い始めた。静かな静かな時間。耳を澄ませれば、自分の呼吸音すら聞こえてきそうな。

『貴方の声が聴きたいから』

 聞こえなくとも、彼女は今日も呼吸をしている。心臓は動き続け、今、ミーリニアに発言する機会を与える。

「でも、」

 脳裏をよぎったのは、だいすきなあの人の姿。彼だけではない。彼女が今まで知り合った、大切な友人達。

「でも、悪い人ばかりじゃないですよね」

 そう、色々言われる事もあるけれど、世の中そんなに悪いものでもないのだ。
 ぽんぽんと膝の上の犬のぬいぐるみを撫でながら、ミーリニアは愛しげに七色の目を細めた。彼女の表情とは裏腹に、運転席の女は面白くなさそうな声を出す。

「『ただし人間は除く』って語尾に付け足してください」
「いや、わたし自身これでも人間なんで……。キシャルさんだって、人間じゃないですか!」
「そうですね。けれど私はどちらかというと、悪い人ですよ」
「悪い人は、わたしの事を村まで送ってくれたりしませんよー」

 その時、妙な沈黙が下りた。
 先程嫌というほど味わったそれともまた違う、本当に妙な。

「? 別に、あんたをわざわざ村まで送る気なんてないですけど。私そんなに暇じゃないんで」
「なにっ!?」

 それはつまり、自分は本当に誘拐されてしまったという事なのだろうか。脳内で幼馴染が「お前は全くもう! 危機感が足りないんだよ!」と怒鳴り始めた。
 目的地についたのか、バンが停車する。辺りに広がる風景は、慣れ親しんだミーリニアの村のそれとは違う。

「転んだところ見たって言ったでしょう? その後の事も見てましたよ。……良かったじゃないですか」

 驚愕し固まったままであるさらわれたヒロインに、そこで初めて運転席の女は笑いかけた。

「あの診療所より、うちのほうが安いですよ」
「へ?」

 バンを降りた少女は、眼前に佇む建物にぽかんと口を開けている。
 この女性は「うちに送る」と言った。目の前にあるのはカカモラという事務所であり、それは確かに彼女にとっての『うち』なのである(そういえばこの事務所はこの街にあったのだった、と以前仕事でここへ来た事のあるミーリニアは今更になって思い出した)

 未だ事態を把握出来てないまま少女は彼女につられて屋内へと入り、足を治療してもらい、嘘のように痛みが引いたそれに驚く暇もなく、事務所を追い出されまた外の世界へと出た。女は、ミーリニアの財布を勝手に拝借し、代金分だけ硬貨を抜いてからぽいっと投げて返す。後には、少女だけが残される。
 犬の足跡模様の描かれた袋に入った痛み止めの飲み薬の姿を確認した時に、ミーリニアはようやく、ああ、これがあの人なりのデレ方なのか!と気付いたのだった。
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