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四月の馬鹿ども
田村君。カチュタ+ヒロ。

「嫌いだ」、と言われた。兄と話をしたのは久しぶりの事であった。
 それに何と返したのか、カチュタは覚えていない。時々、現実と幻想の境が曖昧に思えてなかなか物事を覚えられないのが彼女のここのところの悩みであった。
 どれだけ頭を捻らせようにも思い出せなかったので、彼女は想像をする。「嫌いだ」、明確に嫌悪の言葉を投げつけられた時、自分が一番返しそうな反応は何か。たったの三秒でその答えは見つかった。
 きっと、いつものように自分は笑ったのだろう。ケラケラと声高らかに笑い、また現実から目を逸らしたのだ。


 ◆


 栗色の髪を一つに結んだ少女が、鏡台の前でくるくると踊る。自分一人しか観客のいない舞台が終われば、彼女は真っ黒なドレスのすそを掴み丁寧にお辞儀をする。

「今日も可愛い、あたし」

 もちろん、そんなナルシシズムな発言をする事も忘れない。カチュタの目には、自分自身が世界一の美少女に見えている。実際にそうなわけではない。ただ、そう思い込んでいるだけだ。
 まるで先程の踊りの続きを舞うかのように、軽やかな足取りで彼女は自室を後にする。そして、ふと、今朝方兄に言われた言葉を思い出した。
「嫌いだ」。彼にそんな事を言われたのは初めての事である。本来なら傷つく場面なのかもしれないが、カチュタは笑いをおさえる事が出来ない。

 ―――嫌い、あたしを嫌いですって!

 高いヒールの靴が床を抉る。「きゃは!」と彼女は声をあげ笑い、その場でくるりと一回転。「なんて身の程知らずなのかしら!」。
 彼女にとっては自分以外の全ての者が自身の下僕である、もちろん空想の中で。だから、彼女は突然現れた反逆者に気分が高揚して仕方がない。
 しかも、よりにもよって反旗を翻したのは実の兄である。彼女の性格を一番よく知っているはずの、あの兄だ。
 全く何を考えて自分にそのようなふざけた事を言えたのか、彼女は不気味に眉を歪め口元を緩めた。「仕置きが必要だわ!」、もう一度廊下を一回転、そんな事まで叫んでみせる。

「そう、仕置きが必要なのよ! きゃは、楽しくなってきた! なんて今日は楽しい日なの!」
「廊下の真ん中で何を言ってらっしゃいますの? 邪魔ですわよ」
「あら、御機嫌よう愚民そのいちさん」

 急に入り込んできた自分以外の女性の声。見てみると、同じ事務所に所属している耳の尖った女がそこにはいた。
 ぴたりと動きを止めたカチュタは、両手を広げ大げさに頭を下げてみせる。恭しさの欠片もない、ふざけたお辞儀に相手は溜息をついてみせた。「今日も相変わらずですわね」。小さく呟いた相手は、ふと思い出したかのように言葉を続ける。「せっかくの嘘の新年ですもの。貴方様も今日くらいは自分の事を姫だと思い込むのはやめたらどうですの?」。
 ニコッ、と怪しげな笑みを浮かべたままのカチュタの表情が固まった。壊れた人形のようにゆっくりと首をかしげ、少女は問いかける。

「うそのしんねん、ってなぁに?」

 新しい遊びを見つけた子供のように、キラキラとした声であった。彼女の前に立っている一人の女性は、ほんの少しばかり何かを迷ってから(恐らく、彼女にこの事を教えて良いのかどうかを迷ったのだろう)口を開く。「嘘の新年ですわよ」。そのまんまである。

「うそのしんねん、って、な、あ、に?」

 少々イラついた口調で少女は再度問いかけた。口は笑っているが、彼女の金色の瞳は笑ってなどいない。
 しぶしぶといった様子で、女性は頭を抱え彼女の求める答えを返す。

「一年に一度だけある、嘘のお祭りですわ。今日だけは、どんな嘘をついても許されるんですのよ。ついて良い嘘は一つまでですけれども」
「ふぅん」
「あら、あまり興味がないご様子ですわね?」

 うそのしんねん、というからどんな祭りかと思えば、ただ嘘をついて良いだけか。常日頃嘘をつき続けているカチュタ・エマーソンにとっては、そんなもの興味の対象にはならない。
 別れの言葉すら告げず、くるくると再度踊るように彼女は廊下を歩き始める。「あたしはお姫様、可愛いお姫様」。そんな音程も何もがバラバラないつもの嘘を歌いながら。

 ―――あ、

 今朝の兄のあの言葉は、もしかしたら嘘だったのかもしれない。
 彼女がその事実に気付いたのは、十歩ほど歩みを進め終わった時であった。そして、不機嫌そうに吐き捨てるのだ。

「つまんない男!」

 普段も大して面白くないくせに、つく嘘までくだらないときた!


 ◆


 そのつまらない男と、本日二度目の対面を果たしたのは夕飯の時間もとうに過ぎた夜遅くの事だった。
 仕事が終わり、飽きもせず廊下で踊っていた彼女は、見慣れた背中を見つけた瞬間走りよって蹴りを入れる。背中にヒールの突き刺さった痛みに、兄が呻きついでに何か遺言じみた事を早口で口走った気がしたが、早すぎて聞き取れなかった上に彼女はさしてそれに興味などない。
 こちらを振り返った彼が、彼女の姿を確認した瞬間「やべぇ! やべぇ奴にやべぇ時に会っちまったぜ! やべぇ!」というような顔をし、逃げようとするがカチュタはそれを許さない。ガシリと相手の腕を掴み、満面の笑みで問いかける。

「嘘なわけ?」
「は?」
「あたしに、嘘ついちゃったの?」

 ケラケラ笑う彼女に、兄は少しだけ引いていたようだが、すぐに何かを思い当たったようで「あー」と間の抜けた声を出す。

「嘘だよ」

 思いのほか優しい声音でそんな事を言われてしまい、一瞬だけカチュタは何て言葉を返すべきか迷った。
「……つまんない男」、悩んだ末に吐き出したのは、本日二度目のそんなセリフだ。
 仕返しに、自分も嘘をついてやろう。足りない頭で彼女は考えるが、つくべき嘘が見当たらない。普段嘘まみれで暮らしている彼女は、真実と嘘の境界がもはや曖昧になってしまっている。

「だいすき」

 苦し紛れに呟いた言葉は、真実であったけれど今まで一度も口に出した事はない類のものであった。
 その言葉を、彼が嘘ととったか本当ととったかをカチュタは知らない。やはり興味も持っていなかった。
 故に少女は回る。楽しげに笑いながら、カチュタはその身で世界をかき回した。兄の顔を見ないように、兄の答えを耳に入れないように。
 栗色の髪を一つに結んだ少女が、兄弟の前でくるくると踊る。彼一人しか観客のいない舞台が終われば、彼女は真っ黒なドレスのすそを掴み丁寧にお辞儀をし、軽やかな足取りで自分の部屋へと戻って行く。ケラケラと高らかに笑い、いつものように夢の世界へと身をゆだねながら。


 長くも短くもなかった世界の嘘の日が終わりを告げる。
 そして、明日からはまた、彼女だけの嘘の日が始まるのだ。
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