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心臓が欲しいよ
「シキちゃん」
と、いつもより少しだけ高い声でエフィレが彼女の事を呼びます。ミーリニアは、エフィレの声が好きです。彼女の声は、いつだって優しくてキラキラしていて、ミーリニアの胸はそれを聞くだけでほわんと温かくなるのでした。
ほわん、となりながらも、彼女のほうを見てみたら、そこには当然のように彼女がいます。けれど、ミーリニアは驚いてたじろいでしまいました。
「見て、これ。私の旦那」
彼女の隣には、見知らぬ男性がいたのです。
ミーリニアは、あまり人付き合いが得意ではありません。初めて会う人を前にすると、どうしても尻ごみしてしまうのです。
今回もやはり案の定、近くにいたエマンセの背中にさっと隠れてしまいました。エマンセは、やれやれ、と困ったように肩をすくめます。慣れ親しんだ彼の体温は、やはりエフィレの声と同様ミーリニアの心をほわんとさせました。
エフィレに腕を引かれながら「まだ旦那じゃない」と不機嫌な声で言った男は、どうしてか、ギロリ、とミーリニアのほうを睨みます。エフィレが最近は上機嫌な事をミーリニアは知っていて、その理由はエフィレに恋人というものが出来たからだという事もミーリニアは知っていました。けれど、今ここにいるその『恋人』は、ミーリニアの頭の中で勝手にこねこね作られていたそれとは全く違う姿をしていて、ほんの少しだけミーリニアはしょんぼりとこうべを垂れてしまいます。
それから色々な話をしたけれど、男の人は始終悪いものを食べたかのように顔をしかめながら、ぶっきらぼうな事しか言いませんでした。ミーリニアは居心地が悪くて、ないはずの罪悪感みたいなものを感じ、小柄な体を更に小さく小さくさせます。別に、悪い事なんて一つもしていないのに。
けれど、別れ際に、「またな、チェカット」そう言った男の声は、ちょっとだけエフィレの声に似たキラキラを孕んでいるように聞こえて、ミーリニアは、多分この人は悪い人ではないのだろうな、と思いました。
次に会った時には、もっとたくさん、お話をしてみたいとも思いました。恐らく、きっと、仲良くなれるような気がするのです。だって、あのエフィレがあんなにも幸せそうに笑う相手なのですから。
ミーリニアは何せ、エフィレの声が好きで、エフィレの事も大好きなのです。
◆
昔々ではない今の事、あるところに勇者様とヒロインがいました。
でも本当は、ヒロインはさして特別な人間ではない、ただのどこにでもいる村娘でした。
村娘はみんなの大好きな勇者様と二人きりで家路を歩いています。一人で帰れると言ったのに、勇者様は「俺も行く!」と言って聞かなかったのです。
勇者様はミーリニアより大人なのに、たまに子供みたいな顔をするので、ミーリニアはつい「仕方ないなぁ」と彼を甘やかしてしまいます。それに、本当は、ミーリニアだって彼ともっとずっと一緒にいたかったのです。
辺りはもう暗くなっていて、勇者様の顔がミーリニアにはよく見えません。それがほんの少しだけ、残念でした。
「エフィレちゃん、あの人と目を交換するのかな」
世間話の中に何気なく混ぜたその言葉は、思ったよりもずどんとした重みを持っていて、ミーリニアは自分の発した言葉なのに「え!」と驚いてしまいました。
この村では、愛し合っている者同士は片目を交換しなきゃいけませんでした。そういう決まりで、ミーリニアはその決まりが別に嫌いではありませんでした。エフィレも、「なんかロマンチックよね。どこでも一生、彼と一緒にいられるって事じゃない」と微笑んでいるので、恐らくロマンチックでもあるのです。
エフィレはあの人と目を交換するのでしょう。先程は疑問符をつけてしまいましたが、それはほぼ確定している事です。
エフィレはもう二十を超していて、いつ結婚してもおかしくありません。それに、あんなに嬉しそうな顔をした彼女を、ミーリニアはあまり見た事がありませんでした。
エフィレは村の人気者で、エフィレの声は優しく、エフィレの笑顔も優しい。彼女はいつだって誰にでも優しくて、いつでも笑っていたはずなのに、どうしてかミーリニアは彼女の笑顔を今日初めて見たような気分になりました。
あの人というのは、無論今日会ったあの仏頂面の男の人です。あの緑色の目と、エフィレの桃色の目を交換する。
片目があの男の目の色になったエフィレの姿をミーリニアは想像し……ようとしましたが、上手くはいきませんでした。彼女の想像力なら、そんな事本当は容易いはずなのに、どうにも奇妙な気持ちになってしまって、上手くいかないのです。
勇者様は何も言いません。多分きっと、今彼の頭の中にはたくさんの『選択肢』が出てきて、それを選ぶべきなのか彼は悩んでいるのです。
ミーリニアは、そんな彼のために何か言おうと、口を開こうとします。
あのね、知っていると思うけどね、この村では、一生を添い遂げると決めた相手と、片目を交換するんだよ。
あのね、きみは要らないかもしれないんだけどね。でも、それでも、
ミーリニアは結局何も言わずに、口を閉じました。二人の間には、三点リーダーがぽつんと置かれ続けます。
多分、勇者様は今困った顔をしているのだろうな。と、ミーリニアは思います。
なので彼女は、言いたい言葉は全部飲み込んで、へらりと笑ってみせました。自分が笑うと彼も笑う事を、彼女は知っているのです。
桃色の瞳を少しだけ細めて、愛しそうに彼女の事を見つめる事を、彼女は知っているのです。
あのね、わたし、きみの目が欲しいの。
ミーリニアは、彼と手を繋いで家へと帰ります。あたりはすっかり暗くなっていて、世界に二人だけ取り残されたみたいでした。それでも、まぁ良いかな、ってミーリニアは思います。そして、でも、ご飯とか、どうしようかな。自給自足なのかな、とそんな少しだけズレた心配をしました。
昔々ではない今の事、あるところに勇者様とヒロインがいました。
けれど、ヒロインはさして特別な人間ではない、ただのどこにでもいる村娘でした。
ただの、恋する、村娘でした。
と、いつもより少しだけ高い声でエフィレが彼女の事を呼びます。ミーリニアは、エフィレの声が好きです。彼女の声は、いつだって優しくてキラキラしていて、ミーリニアの胸はそれを聞くだけでほわんと温かくなるのでした。
ほわん、となりながらも、彼女のほうを見てみたら、そこには当然のように彼女がいます。けれど、ミーリニアは驚いてたじろいでしまいました。
「見て、これ。私の旦那」
彼女の隣には、見知らぬ男性がいたのです。
ミーリニアは、あまり人付き合いが得意ではありません。初めて会う人を前にすると、どうしても尻ごみしてしまうのです。
今回もやはり案の定、近くにいたエマンセの背中にさっと隠れてしまいました。エマンセは、やれやれ、と困ったように肩をすくめます。慣れ親しんだ彼の体温は、やはりエフィレの声と同様ミーリニアの心をほわんとさせました。
エフィレに腕を引かれながら「まだ旦那じゃない」と不機嫌な声で言った男は、どうしてか、ギロリ、とミーリニアのほうを睨みます。エフィレが最近は上機嫌な事をミーリニアは知っていて、その理由はエフィレに恋人というものが出来たからだという事もミーリニアは知っていました。けれど、今ここにいるその『恋人』は、ミーリニアの頭の中で勝手にこねこね作られていたそれとは全く違う姿をしていて、ほんの少しだけミーリニアはしょんぼりとこうべを垂れてしまいます。
それから色々な話をしたけれど、男の人は始終悪いものを食べたかのように顔をしかめながら、ぶっきらぼうな事しか言いませんでした。ミーリニアは居心地が悪くて、ないはずの罪悪感みたいなものを感じ、小柄な体を更に小さく小さくさせます。別に、悪い事なんて一つもしていないのに。
けれど、別れ際に、「またな、チェカット」そう言った男の声は、ちょっとだけエフィレの声に似たキラキラを孕んでいるように聞こえて、ミーリニアは、多分この人は悪い人ではないのだろうな、と思いました。
次に会った時には、もっとたくさん、お話をしてみたいとも思いました。恐らく、きっと、仲良くなれるような気がするのです。だって、あのエフィレがあんなにも幸せそうに笑う相手なのですから。
ミーリニアは何せ、エフィレの声が好きで、エフィレの事も大好きなのです。
◆
昔々ではない今の事、あるところに勇者様とヒロインがいました。
でも本当は、ヒロインはさして特別な人間ではない、ただのどこにでもいる村娘でした。
村娘はみんなの大好きな勇者様と二人きりで家路を歩いています。一人で帰れると言ったのに、勇者様は「俺も行く!」と言って聞かなかったのです。
勇者様はミーリニアより大人なのに、たまに子供みたいな顔をするので、ミーリニアはつい「仕方ないなぁ」と彼を甘やかしてしまいます。それに、本当は、ミーリニアだって彼ともっとずっと一緒にいたかったのです。
辺りはもう暗くなっていて、勇者様の顔がミーリニアにはよく見えません。それがほんの少しだけ、残念でした。
「エフィレちゃん、あの人と目を交換するのかな」
世間話の中に何気なく混ぜたその言葉は、思ったよりもずどんとした重みを持っていて、ミーリニアは自分の発した言葉なのに「え!」と驚いてしまいました。
この村では、愛し合っている者同士は片目を交換しなきゃいけませんでした。そういう決まりで、ミーリニアはその決まりが別に嫌いではありませんでした。エフィレも、「なんかロマンチックよね。どこでも一生、彼と一緒にいられるって事じゃない」と微笑んでいるので、恐らくロマンチックでもあるのです。
エフィレはあの人と目を交換するのでしょう。先程は疑問符をつけてしまいましたが、それはほぼ確定している事です。
エフィレはもう二十を超していて、いつ結婚してもおかしくありません。それに、あんなに嬉しそうな顔をした彼女を、ミーリニアはあまり見た事がありませんでした。
エフィレは村の人気者で、エフィレの声は優しく、エフィレの笑顔も優しい。彼女はいつだって誰にでも優しくて、いつでも笑っていたはずなのに、どうしてかミーリニアは彼女の笑顔を今日初めて見たような気分になりました。
あの人というのは、無論今日会ったあの仏頂面の男の人です。あの緑色の目と、エフィレの桃色の目を交換する。
片目があの男の目の色になったエフィレの姿をミーリニアは想像し……ようとしましたが、上手くはいきませんでした。彼女の想像力なら、そんな事本当は容易いはずなのに、どうにも奇妙な気持ちになってしまって、上手くいかないのです。
勇者様は何も言いません。多分きっと、今彼の頭の中にはたくさんの『選択肢』が出てきて、それを選ぶべきなのか彼は悩んでいるのです。
ミーリニアは、そんな彼のために何か言おうと、口を開こうとします。
あのね、知っていると思うけどね、この村では、一生を添い遂げると決めた相手と、片目を交換するんだよ。
あのね、きみは要らないかもしれないんだけどね。でも、それでも、
ミーリニアは結局何も言わずに、口を閉じました。二人の間には、三点リーダーがぽつんと置かれ続けます。
多分、勇者様は今困った顔をしているのだろうな。と、ミーリニアは思います。
なので彼女は、言いたい言葉は全部飲み込んで、へらりと笑ってみせました。自分が笑うと彼も笑う事を、彼女は知っているのです。
桃色の瞳を少しだけ細めて、愛しそうに彼女の事を見つめる事を、彼女は知っているのです。
あのね、わたし、きみの目が欲しいの。
ミーリニアは、彼と手を繋いで家へと帰ります。あたりはすっかり暗くなっていて、世界に二人だけ取り残されたみたいでした。それでも、まぁ良いかな、ってミーリニアは思います。そして、でも、ご飯とか、どうしようかな。自給自足なのかな、とそんな少しだけズレた心配をしました。
昔々ではない今の事、あるところに勇者様とヒロインがいました。
けれど、ヒロインはさして特別な人間ではない、ただのどこにでもいる村娘でした。
ただの、恋する、村娘でした。
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