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光年に届く
――落ち着け、オレ。
「……」
「……」
いやいやいや、街中で偶然バッタリ勇者様と遭遇したからって戦闘体勢を取る必要なんて全然ないし、木刀に手をかける必然性もないのに何故手は腰元に伸びようとしているのか。これはただの再会であって、エンカウントなんて物騒なものじゃないぞ。というか相手は神! か、神!? 神様なんで、オレごときにどうこう出来るわけがない。オレがこの人に喧嘩を売るなんて百万年早いし、むしろ百万光年ほど離れた高みにこの人はいるわけで、突然ぶちキレて斬りかかるなんて事は何があろうとあってはならないのだ。
あーあ! なんで斬りかかっちゃったかな昔のオレー! オレ実は勇者様のファンなのに! お菓子のおまけの勇者様トレカだって集めてるのに! あの時だって、憧れだったが故に暴走しちまったようなもんだし!
でも斬りかかった事は事実なわけで、事情もよく知らないのに説教とかぶちかましちゃってオレってば本当バカ。絶対変な奴だと思われてる。なんであれ、今、こうやって二人で顔を合わせているのは、その、実に――
「……」
「……」
――実に気まずい。
相手も気まずそうな顔をしている。本当、オレのせいですんません。消えたい。
いや、待て。ここはお互い、気づかなかったフリをするというのはどうだろう。そう、オレ達は今ここで会わなかった。無論気まずい空気にもならなかった。これだ!
目だけで訴えてみたら、相手にも無事オレの意図は伝わったらしく、彼はそのまま何事もなかったかのようにオレの横を通り過ぎようとする。
「わ! わー! 奇遇!」
「うっわ! バカ、お前なんつータイミングで……! 素直に喜べない時に出てくるなよ!」
「へっへへー、照れるな照れるなー」
が、何者かに抱きつかれて歩みを止める羽目になっていた。まさか第三者が介入してくるとは……。しかも、どうやらその第三者は久々に勇者様と再会出来た様子であり感極まったのか結構な大声を出してくれたので、オレも思わず振り返っちゃってその子とバッチリ目が合ってしまった。
そこまではまぁ良いんだけれど、その第三者っていうのが彼だけでなくオレの知り合いでもあったのだから、もうこれは逃げられない。虹色の瞳に空色の髪、愛嬌がありそうな表情がオレの姿を視認した瞬間少しだけ怯えを孕んだ物に変わる。人見知りであるこの少女は、以前うちの事務所の壁に絵を描いてくれた風景師さんであり、オレも何度か話をした事があった。それなりに仲が良い相手だと思う。街で偶然あった時に、一緒にお茶をした事もある。
だが、セーフ! ここまでならまだ大丈夫っす! たとえ彼女に声をかけられても、「どもっす。奇遇っすね、ミーリニア先輩。じゃあ、オレ少し急いでますんでこれで失礼するっす。また今度」で行けるはずだ! 彼女には気付いたけれど、勇者様の存在には気付かなかったフリをしよう。
「……あ」少女がオレに気付きぺこりと頭を下げてきても、落ち着いて穏やかな笑みを返し、早々にこの場から退却すれば良いんだ。
「ヒロお兄ちゃんだ。こ、こんにちは」
駄目だオレ逃げられないわ。
すっげー目で勇者様に見られた。え、何、勇者様普段おとなしめな感じだけど、そんな顔も出来んの? 何、オレ――、殺られるの、か?
違うんっすよ。オレ自身も今ビックリしたけれど、別にお兄ちゃんって呼ばせてるのはオレの趣味とかじゃなくて、前会った時にさり気なく「妹が全然お兄ちゃんって呼んでくれないんすよね。兄としてオレってまだ駄目なんすかね。もういっそ、妹じゃなくても良いから誰かオレをお兄ちゃんって呼んでくれねぇかなー」「あはは、じゃあわたしが呼びましょうかー」みたいな話をした時になんかその場のノリみたいなものでお兄ちゃんって呼ばれるようになっただけで、ギャグだから。これ基本ギャグだから。全然やましい意味とかもないから睨まないでくださいお願いします。駄目だ、今オレ絶対勇者様の中で『変な奴』から『変態な奴』に降格した。くっそ、これでもうちの事務所の中じゃ常識人だと自分では思ってるんだけどな。まぁ、オレ以外の全員が同じ事を思っているっぽいけど、でもどう考えてもオレが一番普通だ。
だからオレは、あくまでも冷静に、この状況を切り抜けなきゃいけないんだ。それでこそのヒーロー。こんな壁くらい楽々破壊出来なければ、オレには何も守れない!
「どーもっす! いやいや、ミーリニア先輩! オレの事はヒロで良いっすよ!」
「へ? あ、はい。ヒロさん」
「そう、『ヒロさん』良いっすね! 普通で! 普通が一番っすよね! お兄ちゃんとか今時ちょっとあれな感じで、っつーか他人に呼ばせる呼び名ではないっつーかな感じっすよね!」
「は、はい」
ミーリニア先輩はちょっとだけぽかんとしている。そうっすよね、『お兄ちゃんって呼ばれたい』とか、普通じゃない事をオレは前回バリバリ言ってたっすもんね。ごめんなさい。
でもすぐに気を取り直したようで、隣の勇者様にオレの事を紹介してくれた。「カカモラっていう事務所の、ヒロさんだよ」というミーリニア先輩の言葉に、勇者様は頷く。
「……知ってるよ。こんにちは」
声、ひっくっ!
なんだ、勇者様まだ機嫌が悪いのか!? オレ、アナタの地方限定版トレカも持ってたっすよ! 遠出中に、キシャル先輩に勝手にオークションで売られたけど! くっ、ギリギリまで自分で落とせるよう粘ったけど、結局他人に奪われてしまった……。あの時落札した、ID名ticktack05:00さん……。あの屈辱は忘れないっすよ……。
いや、それよりも今は笑顔だ。気まずいと思うから気まずい空気になるんだ。なるべく和やかな空気を作ろう。気まずいという事実を作り変えろ。なんだ、オレの得意分野じゃないか!
「勇者様もこんにちはー。ひ、久しぶりっすね。その節はどうもー」
「え。ヒロさん達も、知り合いだったんですか?」
墓穴掘るのはスヴァルト先輩の専売特許なのに、なんでオレは今自ら墓穴(はかあな)に突っ込んで行くような発言をしてしまったのだろうか。
「はい、以前斬り合った仲です!」なんて言えるはずもなく、「ええ、まぁ……」とお茶を濁すオレと、未だ不機嫌そうな勇者様。ミーリニア先輩が、彼の様子に気付き勇者様の服を引っ張る。小柄な少女の唇が、純粋な疑問を紡ぐ。
「きみ、何むすっとしてるの?」
「むすっとなんかしてない」
「嘘だ。してる」
「してない!」
しかもなんかオレ、お邪魔っぽい?
嘘、ミーリニア先輩ってかなり勇者様と親しいの!? そんなミーリニア先輩と、今までオレはお茶とかしちゃってたのか……! そうと最初から分かっていれば勇者様トークに花を咲かす事とかも出来たはずなのに、っていやいやそうじゃないだろオレ!
オレがどれだけ憧れていようが、勇者様にとってはオレなど『前に突然斬りかかってきた変な人かと思ったら本当は変態だった人』レベルだ。オレは所詮は口先だけのヒーロー、本物のヒーローと並べるわけもない。
へらりといつもの笑みを浮かべ、オレは心に並べた『退却』の二文字を実行へと移す事に決める。
「じゃあ、オレはこの辺で失礼するっすね」
「え!? 久しぶりに会えたのに、もう少しお話したかったです……」
「いや、忙しいんで! 本当! 急がないとオレの命が危ないんで!」
「命が……!?」
しょぼんと落ち込んでくれたミーリニア先輩には悪いけれど、オレはこれ以上この位置に立っている事には耐え切れない。
オレに助け船を出すかのように、勇者様も呟く。
「忙しいなら仕方ないな。いのちはだいじにすべきだもんな。オレの今現在の作戦もそれだ。……命拾いしたな、お前」
助け船でおもいっきし轢きにかかってきた気がしないでもないが。
「だから、あまり困らせる事は言うなよ、シキ」
「……うぐぐ、ワガママ言ってすみません。また、いつかお茶しましょうね」
「いや、お茶とかもいいから。お構いなく」
「なんできみが遠慮するの!? ヒロさんしか言っちゃいけないセリフでしょ、それ!」
しかし、前会った時とはずいぶんと雰囲気が違うな、勇者様。オレへの対応も、むしろ前のほうがマシなくらいなような……。
ミーリニア先輩に何やら色々言われている勇者様は、相変わらずむすっとした顔で腕を組んでいる。先程からオレを見てすらくれなくなり、ただその目はミーリニア先輩だけをとらえている。彼女と彼の様子から、二人が仲良い事は容易く想像出来る。
てっきり変態(悲しきかな、オレの事である。無論、事実無根だ)の相手をしたくなくて怒ってるのだとばかり思ってたけど、もしかして勇者様……。
嫉妬、してるのか?
「……なんだ」
思わず小声だけど声が出た。オレが思っていた以上に、なんだ。
神様も、人間なんだな。
というか何歳も年下のオレに嫉妬とかしちゃう勇者様って、存外子供っぽいんじゃないか。
何故かオレはそれに幻滅なんてせず、むしろ安心していた。オレの中に張っていた緊張の糸が、いっきにゆるむのを感じる。というかオレ、緊張してたのか。今気付いた。
今度こそオレはちゃんと笑って、二人に言う。「じゃあ、本当にオレはこの辺で」今なら落ち着いて彼らと話せる気もしたけれど、やっぱり邪魔するのは悪い。あとは若い(見た目と、中身が)二人に任せて、お邪魔虫は退散する事にしよう。
手を振って、少女に手を振られて、青年には会釈をされてオレは駆け出す。けれど、最後に振り返って叫んだ。
「この前は失礼してすみませんでした! ずっと前からファンでしたっす! トレカ集めてます!」
「あ、ありがとう」
ちょっと引かれた気もするけれど、会うたび気まずさに知らんぷりをするだけの関係よりはずっとマシだろう。
今度彼に会った時には、素直に挨拶をしよう。遠いと錯覚していただけで、案外彼は近くにいるのかもしれない。
彼は勇者様。神様。ヒーロー。オレの憧れの星。
でも、星に手が届くかどうかなんて、本当に手を伸ばさなきゃ分からないじゃないか。
「……」
「……」
いやいやいや、街中で偶然バッタリ勇者様と遭遇したからって戦闘体勢を取る必要なんて全然ないし、木刀に手をかける必然性もないのに何故手は腰元に伸びようとしているのか。これはただの再会であって、エンカウントなんて物騒なものじゃないぞ。というか相手は神! か、神!? 神様なんで、オレごときにどうこう出来るわけがない。オレがこの人に喧嘩を売るなんて百万年早いし、むしろ百万光年ほど離れた高みにこの人はいるわけで、突然ぶちキレて斬りかかるなんて事は何があろうとあってはならないのだ。
あーあ! なんで斬りかかっちゃったかな昔のオレー! オレ実は勇者様のファンなのに! お菓子のおまけの勇者様トレカだって集めてるのに! あの時だって、憧れだったが故に暴走しちまったようなもんだし!
でも斬りかかった事は事実なわけで、事情もよく知らないのに説教とかぶちかましちゃってオレってば本当バカ。絶対変な奴だと思われてる。なんであれ、今、こうやって二人で顔を合わせているのは、その、実に――
「……」
「……」
――実に気まずい。
相手も気まずそうな顔をしている。本当、オレのせいですんません。消えたい。
いや、待て。ここはお互い、気づかなかったフリをするというのはどうだろう。そう、オレ達は今ここで会わなかった。無論気まずい空気にもならなかった。これだ!
目だけで訴えてみたら、相手にも無事オレの意図は伝わったらしく、彼はそのまま何事もなかったかのようにオレの横を通り過ぎようとする。
「わ! わー! 奇遇!」
「うっわ! バカ、お前なんつータイミングで……! 素直に喜べない時に出てくるなよ!」
「へっへへー、照れるな照れるなー」
が、何者かに抱きつかれて歩みを止める羽目になっていた。まさか第三者が介入してくるとは……。しかも、どうやらその第三者は久々に勇者様と再会出来た様子であり感極まったのか結構な大声を出してくれたので、オレも思わず振り返っちゃってその子とバッチリ目が合ってしまった。
そこまではまぁ良いんだけれど、その第三者っていうのが彼だけでなくオレの知り合いでもあったのだから、もうこれは逃げられない。虹色の瞳に空色の髪、愛嬌がありそうな表情がオレの姿を視認した瞬間少しだけ怯えを孕んだ物に変わる。人見知りであるこの少女は、以前うちの事務所の壁に絵を描いてくれた風景師さんであり、オレも何度か話をした事があった。それなりに仲が良い相手だと思う。街で偶然あった時に、一緒にお茶をした事もある。
だが、セーフ! ここまでならまだ大丈夫っす! たとえ彼女に声をかけられても、「どもっす。奇遇っすね、ミーリニア先輩。じゃあ、オレ少し急いでますんでこれで失礼するっす。また今度」で行けるはずだ! 彼女には気付いたけれど、勇者様の存在には気付かなかったフリをしよう。
「……あ」少女がオレに気付きぺこりと頭を下げてきても、落ち着いて穏やかな笑みを返し、早々にこの場から退却すれば良いんだ。
「ヒロお兄ちゃんだ。こ、こんにちは」
駄目だオレ逃げられないわ。
すっげー目で勇者様に見られた。え、何、勇者様普段おとなしめな感じだけど、そんな顔も出来んの? 何、オレ――、殺られるの、か?
違うんっすよ。オレ自身も今ビックリしたけれど、別にお兄ちゃんって呼ばせてるのはオレの趣味とかじゃなくて、前会った時にさり気なく「妹が全然お兄ちゃんって呼んでくれないんすよね。兄としてオレってまだ駄目なんすかね。もういっそ、妹じゃなくても良いから誰かオレをお兄ちゃんって呼んでくれねぇかなー」「あはは、じゃあわたしが呼びましょうかー」みたいな話をした時になんかその場のノリみたいなものでお兄ちゃんって呼ばれるようになっただけで、ギャグだから。これ基本ギャグだから。全然やましい意味とかもないから睨まないでくださいお願いします。駄目だ、今オレ絶対勇者様の中で『変な奴』から『変態な奴』に降格した。くっそ、これでもうちの事務所の中じゃ常識人だと自分では思ってるんだけどな。まぁ、オレ以外の全員が同じ事を思っているっぽいけど、でもどう考えてもオレが一番普通だ。
だからオレは、あくまでも冷静に、この状況を切り抜けなきゃいけないんだ。それでこそのヒーロー。こんな壁くらい楽々破壊出来なければ、オレには何も守れない!
「どーもっす! いやいや、ミーリニア先輩! オレの事はヒロで良いっすよ!」
「へ? あ、はい。ヒロさん」
「そう、『ヒロさん』良いっすね! 普通で! 普通が一番っすよね! お兄ちゃんとか今時ちょっとあれな感じで、っつーか他人に呼ばせる呼び名ではないっつーかな感じっすよね!」
「は、はい」
ミーリニア先輩はちょっとだけぽかんとしている。そうっすよね、『お兄ちゃんって呼ばれたい』とか、普通じゃない事をオレは前回バリバリ言ってたっすもんね。ごめんなさい。
でもすぐに気を取り直したようで、隣の勇者様にオレの事を紹介してくれた。「カカモラっていう事務所の、ヒロさんだよ」というミーリニア先輩の言葉に、勇者様は頷く。
「……知ってるよ。こんにちは」
声、ひっくっ!
なんだ、勇者様まだ機嫌が悪いのか!? オレ、アナタの地方限定版トレカも持ってたっすよ! 遠出中に、キシャル先輩に勝手にオークションで売られたけど! くっ、ギリギリまで自分で落とせるよう粘ったけど、結局他人に奪われてしまった……。あの時落札した、ID名ticktack05:00さん……。あの屈辱は忘れないっすよ……。
いや、それよりも今は笑顔だ。気まずいと思うから気まずい空気になるんだ。なるべく和やかな空気を作ろう。気まずいという事実を作り変えろ。なんだ、オレの得意分野じゃないか!
「勇者様もこんにちはー。ひ、久しぶりっすね。その節はどうもー」
「え。ヒロさん達も、知り合いだったんですか?」
墓穴掘るのはスヴァルト先輩の専売特許なのに、なんでオレは今自ら墓穴(はかあな)に突っ込んで行くような発言をしてしまったのだろうか。
「はい、以前斬り合った仲です!」なんて言えるはずもなく、「ええ、まぁ……」とお茶を濁すオレと、未だ不機嫌そうな勇者様。ミーリニア先輩が、彼の様子に気付き勇者様の服を引っ張る。小柄な少女の唇が、純粋な疑問を紡ぐ。
「きみ、何むすっとしてるの?」
「むすっとなんかしてない」
「嘘だ。してる」
「してない!」
しかもなんかオレ、お邪魔っぽい?
嘘、ミーリニア先輩ってかなり勇者様と親しいの!? そんなミーリニア先輩と、今までオレはお茶とかしちゃってたのか……! そうと最初から分かっていれば勇者様トークに花を咲かす事とかも出来たはずなのに、っていやいやそうじゃないだろオレ!
オレがどれだけ憧れていようが、勇者様にとってはオレなど『前に突然斬りかかってきた変な人かと思ったら本当は変態だった人』レベルだ。オレは所詮は口先だけのヒーロー、本物のヒーローと並べるわけもない。
へらりといつもの笑みを浮かべ、オレは心に並べた『退却』の二文字を実行へと移す事に決める。
「じゃあ、オレはこの辺で失礼するっすね」
「え!? 久しぶりに会えたのに、もう少しお話したかったです……」
「いや、忙しいんで! 本当! 急がないとオレの命が危ないんで!」
「命が……!?」
しょぼんと落ち込んでくれたミーリニア先輩には悪いけれど、オレはこれ以上この位置に立っている事には耐え切れない。
オレに助け船を出すかのように、勇者様も呟く。
「忙しいなら仕方ないな。いのちはだいじにすべきだもんな。オレの今現在の作戦もそれだ。……命拾いしたな、お前」
助け船でおもいっきし轢きにかかってきた気がしないでもないが。
「だから、あまり困らせる事は言うなよ、シキ」
「……うぐぐ、ワガママ言ってすみません。また、いつかお茶しましょうね」
「いや、お茶とかもいいから。お構いなく」
「なんできみが遠慮するの!? ヒロさんしか言っちゃいけないセリフでしょ、それ!」
しかし、前会った時とはずいぶんと雰囲気が違うな、勇者様。オレへの対応も、むしろ前のほうがマシなくらいなような……。
ミーリニア先輩に何やら色々言われている勇者様は、相変わらずむすっとした顔で腕を組んでいる。先程からオレを見てすらくれなくなり、ただその目はミーリニア先輩だけをとらえている。彼女と彼の様子から、二人が仲良い事は容易く想像出来る。
てっきり変態(悲しきかな、オレの事である。無論、事実無根だ)の相手をしたくなくて怒ってるのだとばかり思ってたけど、もしかして勇者様……。
嫉妬、してるのか?
「……なんだ」
思わず小声だけど声が出た。オレが思っていた以上に、なんだ。
神様も、人間なんだな。
というか何歳も年下のオレに嫉妬とかしちゃう勇者様って、存外子供っぽいんじゃないか。
何故かオレはそれに幻滅なんてせず、むしろ安心していた。オレの中に張っていた緊張の糸が、いっきにゆるむのを感じる。というかオレ、緊張してたのか。今気付いた。
今度こそオレはちゃんと笑って、二人に言う。「じゃあ、本当にオレはこの辺で」今なら落ち着いて彼らと話せる気もしたけれど、やっぱり邪魔するのは悪い。あとは若い(見た目と、中身が)二人に任せて、お邪魔虫は退散する事にしよう。
手を振って、少女に手を振られて、青年には会釈をされてオレは駆け出す。けれど、最後に振り返って叫んだ。
「この前は失礼してすみませんでした! ずっと前からファンでしたっす! トレカ集めてます!」
「あ、ありがとう」
ちょっと引かれた気もするけれど、会うたび気まずさに知らんぷりをするだけの関係よりはずっとマシだろう。
今度彼に会った時には、素直に挨拶をしよう。遠いと錯覚していただけで、案外彼は近くにいるのかもしれない。
彼は勇者様。神様。ヒーロー。オレの憧れの星。
でも、星に手が届くかどうかなんて、本当に手を伸ばさなきゃ分からないじゃないか。
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